シグエンサ
空に羽を広げるように立つ山城から放射状に拡がる街は、教会と商店とバルと土産物屋ばかり、夜になると人が極端にすくなくなってしまう。ほとんどの人々が住むのは丘のふもとの平野、戦国時代には敵が攻めにくいということで意味のあった丘の上が、今では逆に急な坂道ばかりで住みにくい。城は変身して旅人を温かく迎える宿になった、ここは僕のお気に入りの場所、静かで過ごしやすいし、大きさが手頃、ちょっと外界から遮断された感じがいい、入り口の跳ね橋もうれしい。
いつだったか、オーバーブッキングであいた部屋がなく、ホテル側の好意で普通料金でスイートに泊まることができた。ベッドの上にまで屋根が着いた大きな部屋で、次の間までついていた、領主のいた部屋かもしれない。この窓から見える景色は領主のいた昔と変わっていないのだろう、ながめる眼下に川があり、川のほとりには木が茂り、ほんの少しの風にそよいできらきら光る、音もなくきらきら光る、それが緑の木の葉だと最初は信じられなかった。そのむこうはちょっとの間平野の緑が続いた後、何もない広漠とした荒野になる。音はしない、何もしない、光の中の静寂が心地よい。無限の静寂は音を扱うものにとって一つのアンチテーゼではなかったか、しかしそれは想像の中では温度を持たないものだったはずなのに、実際には暑い日差しの中に横たわる。眺めては考え、考えては眺める。やがて夕暮れが近づく頃、鳥が静寂を破って鳴き声をたてる。
僕はここの持つ静けさに気分が盛り上がっていた。中世の絵本にでてくるのと同じ巻き上げ式の鎧戸。鎧が2つ槍を持って立っている領主が謁見するところだった部屋へ行く、今は古めかしい食堂への入り口だ。土地の自慢料理があってそれはそれでおもしろいし、サーブするウェイターもよくしつけられているので気持ちがいい。ワインも土地のものがあることが多く、その地方を知るには都合がいい。
しかし、パラドールの食事はほんとに大げさで、量がすぎる。他の所だが、全食事付きで申し込んで、毎日続くその量に胃を壊しかかって閉口したことがある。残すしかないのだが、スペイン人たちはこの量を平気でたいらげるので、ウェイターは料理が気に入らないのかと怪訝な顔をしている。おいしいことはおいしいのだが、太りやすい体質に年齢も手伝って、普通の人より食べる量が少ないからと言い訳をする。毎回だと最初から量を少なくしてくれればいいのに、慣れれれば慣れるほどにっこり笑ってサービスで沢山くれようとする、少なくするのがサービスになるとは考えていないのだ。だから滞在期間中は一度は食べるが、たいてい下のバルで軽く食べるほうが多かった。
ここで教材のレコーディングをしたことがある、日本に帰ってからやる予定だった録音だったが、ポータブルDATはあったし、ここの静けさが気に入っていたしこっちにいる方が暇なので、二日間じっくり録音に費やすことになった。広い風呂場でとったりして、残響も自然について、録音中ほとんど雑音は入らなかったし、マイクも小さないい加減なもので機材に不足はあったものの、環境のせいかけっこういい音で入った。一人でマイクにむかって40曲あまりを次々に入れてゆくと、集中力の高まりとともに、もう何年もここでこうしているような気分になる。 
城の中庭には井戸があり、周囲に色彩豊かな花が植えられて、戦いに備えて作られた城の雰囲気をなごませている。塀の際にはベンチがありそこでギターを弾くと音が周囲の壁に反響して意外なほど豊かな音になる。中世の吟遊詩人になったような気分。高くめぐらされた城壁の内側に住む気分があじわえる、街から街、城から城、そこでおこった事を詩に変え、歌にして生きる吟遊詩人、領主や貴族の次男や三男が多かったと聞くがその生活も悪くない。
空を鷹が舞って行く。無限の空と、限られた空間、城壁の外のどこまでも続く平野。これを領地と呼ぶ人、これを支えた人々、産まれては死んで生活を繰り返し、過ぎ去った700年の歳月、証人はこの石の壁か。
トローバもここに泊まって“シグエンサ”を書いた、“スペインの城”のなかの一作品で、静かな物思いにふけるような曲調があまりにもここによく似合っている。今の僕にとって城は、物思うところ、多忙とか喧噪がどこかに消えてしまう。自分の感性のゆくえをみつめようとする。東京はともすると生活に追われて、感性がすり減る。それではいけないと思いつつ、一日が過ぎてしまう、なかなか良い街なのにそれが残念だ。他よりゆっくり進む時計があったら、おみやげに買って帰りたい。自分の部屋の時計だけでも、ここと同じ時間の流れにしたいものだ。
 城下の坂道に並ぶ土産物屋と、中腹にある教会と市役所と、中世にはここが生活の中心で、市がたち、裁判がおこなわれ、罪人がみせしめにあい、作物を納入し、結婚式が行われ、出生届がだされ、人々があふれていたはずの広場まで傾いて斜面になっている、そこにたつ杭だけが坂道との境を示している。
土産物屋を物色する、工房を持った店が多いので、製作中の土産物を眺めることができる。鏡の店に入ると、不思議な造形の大きな姿見や、ほんの手のひらにのるくらいの小さな化粧直し用のものまである。奥では鏡のほとりを作っている最中で、真剣な顔でノミのような小さな工具やハンダ鏝を使っている。まだ若い男だが良い顔をしている、こいつはここで一生を送るのだろうか、二部屋つづきの小さな工房のくすんだ壁、接着するハンダの焼ける臭い、静かに時間が過ぎてゆく。鏡を向かい合わせに置くと無限に鏡が映ってゆく、あの中の一つが全く違うものを映し出していたらおもしろいのに。
そのとなりの土産物屋で買った、ニンニクをあしらった収穫の飾り物は、日本に持ち帰ったら、なんと芽をだした、これには大笑いだった。アンティークの店もあれば、ろうそくを売っている店もある。昔は騎士の住んだところかも知れない家々も、いまは表だけ残して建て替えている。スペインには保存地区に関する法律が定められていて、表の景観を変えてはいけないところが多い。
広場のはずれのバルに入って飲むコーヒーがうまい。話しかけるが、ここの亭主はスペイン人には珍しく無口で、必要なこと以外あまり口をきいてくれない。その代わりといってはなんだが、奥さんがおしゃべりで、裏に出てみたらとすすめるので、バルの裏に出てみた。崖になっていて吊り橋が架かっている、向こうは土地の人の住むところなんだろう。
だんだんに坂を下って行く、教会があり、肉屋、雑貨屋、八百屋、洋服屋、魚屋が並ぶ通りになる。当然のことだがこの坂を下まで行ったら又上って行くことになる、違う道をたどるのが又楽しい。一つ通りが違うと、何もない住宅街になる、工事中の家もある、どんな人がここに住むのか知らないが、きっと金持ちに違いない、立てるのだったら平野まで降りれば、区画は自由だし、表を残したり取り壊したりする手間もないのだから。よけいに金がかかるはずだし、趣味でここに住んでいるにちがいない。
トリーハ
お城ついでに、トロバがやはり“スペインの城”に書いていた、トリーハに行くことにした。電車でついたグアダラハラの駅のバルのそばに、タクシーが2.3台とまりあたりには人がいない。
運転手はバルにいるはずだとのぞいて、用もなくスロットマシーンにむかっている男に声をかける、案の定タクシーの運転手だった。一日料金でその城まで行くように頼んだら、「そんな必要はない1000ペセタで行く」というのでよろこんで車を走らせた。それでも30分走って、やがて現れたお城は、町はずれにぽつんと建つ小さなものだ。今は博物館になっていた。お城の前は広場があり、人間と言えば4.5人の観光客と、目の前に建つバルのおやじ、それに博物館の受付の職員しかいない。展示物は農機具やはかりなどで、中世の生活をあらわそうと一生懸命集めた感じだ、奥多摩なんかによくある、当時の農家の様子を再現した、町の小さな博物館によく似ている。最初に町の模型など置いてあるが、周りは荒野なので砂地に唐突にお城が建っているような印象になる。2頭の牛に付けるためのくびきが、大きくて武骨で、これを付けて畑を耕していたのかと触ってみる。粉屋の使っていた石臼とか眺めて、表に出る。
その広場をちょっと遠くから眺められる道路脇に見晴らし場がある。何とも絵になるおとぎ話の世界が広がっていた。あの窓からお姫様が身を乗り出して助けを求めて、それを助けに騎士が広場を馬で横切っていく。お城からは大勢の兵隊が出てそれを防ごうとし、それでもまんまと姫は助け出されてしまう。などと物語を作って悦にいっていた。タクシーの運転手が「そろそろ、帰ろう」という声にしかたなく、帰路についた。短い旅ではあったが、このお城へのトロバの思い入れに触れることができたような気がした。