ラマンチャ アルバセーテ カサシマロ
ラマンチャ地方、ドンキホーテゆかりの、風車の立ち並ぶコンスエグラをながめながら、電車で1時間でアルバセーテに到着。そこに車でカシミロが迎えに来ている。30分ほど車で走った所の田舎町、カサシマロにカシミロ一家は住んでいるのだ。スペイン人でもカサシマロを知ってる人は少ないと思う。バスも満足に行かないような田舎だが、カシミロはここで産まれて、ここで育った。 
いまはルビエロス・バホにギター工房だけ引っ越した、製作家としては脂ののった時期の49才。
ここは昔はサフラン農家がほとんどだった。カシミロの家も農家で、目の前の母親の住む古い家にはいると、昔豚を飼っていた部屋とかある。今でもやっている農家はあるが、サフランが咲いたとき地面にはいつくばるようにして花を集めるのはきつい労働で、さらに持ち帰ってから、そのめしべだけを取り分けるのでこれが又面倒ときているので、転業する農家も少なくない。労力がかかる分サフランは高いし、パエジャ料理に欠かせない素材なので、まだ続いている。
スペインがEUに加盟して、国の境がフリーパスになってから、この地方では共同事業でマッシュルームを作るようになった。マッシュルームは種を植え付ける床が必要で、これを作るのは大量に1カ所で作らないと効率が悪い。それで街の事業として床を作って、後は個別に畑に長いハウスを建てて、中を暗くして育てている。カシミロの弟たちはこれをはじめた、スペインだけではない、ヨーロッパの必要量の3割を生産する地域にまたたく間になった。で、お兄さんは、農業機械の修理販売で一財産築いて、プール付きの別荘まで持っている。                      
この一家の次男がカシミロ、17才までは教会の修復やステンドグラス作りをやっていたが、志を持ってバレンシアのギター工場に入り、24の時独立して、郷里のカサシマロに工房を構えた。最初の工房は小さくて、ちょっと惨めだった。カシミロが35歳の時ホセルイス・ゴンサーレスの紹介でここへ来た。たどり着くのに疲れ切ってしまったが、日本では傷が付きやすいという理由で作らなくなった、ワニスで仕上げるギターは貴重だったし、おしゃれな人柄が気に入って、それから14年つきあっている。ギターはだんだん磨きがかかって良くなってきた。当時2つだった息子が今ではサッカー命の高校生。娘はもう大学を卒業した。二回飛び級したのが親の自慢。サイコロジーが専門だ。ノビオ(婚約者)はやはり同じ街の男の子。見合いのない国だから、17くらいでノビオを決めてしまうので、どうしても同郷になる。フエンヒローラのエステバンも奥さんと7日違いの誕生日で同い年。コルドバの近くの出だ。自慢は街の教会の戸籍簿に産まれたときから奥さんと並んで乗っていること。スペインの国勢調査では、家族が一番、それから愛情、三位が仕事、それから周りとの団結があって、お金は五位。日本だったら、仕事かお金が一位になる所だろう。
わがギターアンサンブル“アマネセール”でカサシマロに演奏に行ったこともある。この時にはカシミロはすでに街の顔役になっていて、市役所の文化担当が主催するよう手配してくれた。一行30人が街に到着してからが大変、まずは歓迎の食事会、お兄さんの別荘に集まって、マッシュルーム焼きのごちそう、それはうまいに決まっている、何でも取り立てはいい。それから、この日のために3匹の羊を昨日殺したやつを、どんどん焼いて持ってくる、ワインはどんどん抜く、この徹底した歓迎ぶりはすごいの一言に尽きる。酔っぱらったあげくにはプールで泳げと言う、演奏に来たんだけどな。それでも何とかリハーサルにこぎ着けたら、飲み過ぎて後ろで寝ているメンバーまでいる。本番は起きてくれよ。
 生活の時間帯が違うから、演奏開始は12時(深夜と思ったら間違い)にしたがったのを、無理に10時からにしたので客の入りが心配されたが、満員、普段の人口が2000人あまりの街で、200人が集まった。街からは記念の盾がプレゼントされ、日本の曲やスペインの曲を弾いて無事終了。カシミロは自分の楽器が使われたので大満足だ。これは後に街の語りぐさになった。
 街は昔ながらのひからびたような外観だが、なかはまるで違う。カシミロの家なんかその代表みたいな物。台所は近代的なシステムキッチン、子供部屋の天井は夜星座が光るようになっている。風呂は近代的な6方向からふきだすシャワー。ビデオはなくDVDのみ、衛星中継で400チャンネル見る事ができるテレビ。家族全員が携帯電話を持つ。目下ホームページを作成中。そして表向きは白い漆喰の昔ながらの家。これがラマンチャの家庭の姿。外見でひなびた田舎を想像していたらとんでもない。
 カシミロの友達の画家を紹介してもらった。この家はまちの外の方にあるので、外観も立派。このラマンチャのどこまでも続くカンポをいったいどう描くのかと思ったら、おどろくほど素晴らしい、花畑を前景に、どこまでも広がるカンポと流れる空を見事に描いている、なるほどこう描くのかと思い知らされた。数々の賞に輝く人だった。
 絵はどちらかというと現実的、その分立体の方はアバンギャルドそのもの。スペイン人は誰でもそうだがよくしゃべるのが玉に瑕、最初から最後までしゃべり続け、そのわきではカシミロが画家の奥さんと、家を建てるのにかかった、お金について、細かい所まで披露しあっている、つまりこちらもしゃべり続け。芸術の価値と当人のおしゃべりは別みたい。これがなければつきあいやすいんだけれど。カシミロの弱みは息子しかないから、娘と奥さんはしゃべらせておく感じ、一家の中で一番静かなのが奥さん。
 郷土愛がものすごく強い。たとえば、エバはビルバオ出身だが、学校の休みに帰省するのを当たり前にしている、他に旅行しようとはしない。帰ったらお母さんの作ったあの料理を食べてこの料理をと指折り数える、結局指がたりなくなってしまう。はやくに父親を亡くしたために、よけいに母親への思いが強い、胎内に帰るような感がある。クリスマスは何があっても郷里に帰る、一家で過ごしてはじめてクリスマスなのだそうだ。
グラナダに住む山谷さんの話だと、親しくつきあっているカンタンテの80のおじいさんは、若い時から歌で世界中巡った人なのに、やっぱりアルバイシンに戻って暮らしている。どこまで行っても、グラナダの紐がしっかり巻き付いていて、アルバイシンに帰ることではじめて自分の生活が完結するらしい。これは精神のバランスの問題だ、けっしてお金では買えない。
それはグラナドスもそうだ、グラナダの出だから、普段は標準語だが、家ではアンダルシアなまりでしゃべり、年をとるとグラナダに帰って行く。グラナダが別荘だったはずが、いつの間にか本宅になって、マドリッドが別荘のようになっている。40年もマドリッドにすんだら、もうマドリレーニョのはずだが、やっぱり故郷は不思議な魅力もっているらしい。マリア信仰とおなじで、どうも母系の社会を感じる。
ラマンチャはどうかというと全く同じである。カシミロも自分の家に来いとは言うが、なかなか僕の住む日本に来るとは言わない。自分の懐に入ってくれることが、友情の証しに思っている節がある。郷土自慢で、行きたいと言えばどこでも連れて行ってくれるが、ぼくには、ラマンチャのカンポが一番だ。夕焼けに染まるカンポの地平線は、僕を魔法の国へ誘ってくれる。何もないといえば地平線まで何もないのだが、その広い大きい風景が好きだ。土地は起伏を繰り返し、畑はうねり、所々に植わった木が味を添える。アンダルシアとは全く違う、オリーブなんてない。小麦と、サフラン、とマッシュルームの育つ大地だ。